« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »

2006年11月29日 (水)

明日、退院です。

明日、退院になりました。
細かい報告は、又後日します。入院中、お見舞いに来てくれた方々、本当に有難うございました。KAKAくん、お土産のあかべこ、ストラップで大事につかってます。色々、ご心配をかけた方々にも、取り急ぎこの場を借りてお礼申しあげます。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月23日 (木)

今は。

入院生活も早や2週間強。
胸水の方もだいぶ少なくなり、月曜日のCT検査である程度状態がはっきりしそうです。又、ソケイ部と骨盤の放射線も10回の内の2回が終了し、これはとにかく、リンパ節がこれ以上大きくならないうちに勝負がつくよう競争です。
今は、一つ一つの病状と逃げずに、どれだけ効果の高い治療をしていくかと、考える事が自分の一番の仕事です。一つ超えたと思ったら又同じ問題が出てくるだろうが、高い山に登ったほうが、見える景色も、見える世界も、得るものも、
変わってくるはずなので、命綱をしっかり打ち込んで、この山の山頂をコツコツと目指します。もしかすると今までは自分の目の前にあった山から逃げていたのかもしれませんが、今、こうやって面と向かって挑めている、キッカケを作って
くれた、今回の病気にチョットだけ感謝してもいいかなと思っています。

| | コメント (1) | トラックバック (0)

2006年11月12日 (日)

入院してます。

本日11月12日(土)午後2時なぜか病室にいます。
結局胸水の溜まる勢いが予想以上に早く、先週の日曜の時点で風呂場で動けなくなり、月曜日早々に病院に行きました。
病院に行く際も松葉杖で1,2歩歩くだけで息ができなくなり、玄関から車に乗るだけでかなりしんどい思いをしました。
病院に着くと既に入院の準備が整っており、病室の空きのないところ、ハイケア室という手術後等に使う部屋に入院させてもらいました。
担当の医師が多分もう胸水が溜まって苦しい状態で来ると予測していたらしく、優先的に病室を空けてもらいました。その日の夕方にはとりあえず針で胸水を抜いてもらい、呼吸の方はだいぶ楽になりました。ただ同時に食欲がなくなってしまったことや、胸水で体の栄養状態が悪くなっていた為、同時に点滴も始まりました。
2日目にはいよいよ肺にチューブを入れて胸水を抜く治療を行いました。メスのようなもので右肺あばらの辺りに切り込みを入れて後はもう職人作業で肺の背中の方にチューブを6センチほど押し込みました。チューブの先端に蛇口のようなものを取り付け、その日から昨日まで朝夕胸水を抜いてもらいました。トータルで3リットルくらいでしょうか。
現在は食欲も戻り、呼吸もだいぶ落ち着いて松葉杖で少し動くぐらいはできるような状態になっています。このまま自然癒着で治れば嬉しいのですが、それが無理だと癒着剤を使いまた副作用で高熱と痛みと戦わなくてはいけません。とにかくこれでくっついてもらえることを希望しているのですが、ただ、なかなか話題性の多い体みたいで、実は3日ほど前に左足ソケイ部を触っているときに、新たに腫瘍を発見してしまいました。大きさでいうと直径4センチくらいというところでしょうか。
場所的にも義足をつけるときに非常に影響のある場所で、体全体に転移の可能性がある今の状態ではそこだけ手術で摘出するというのも難しいようです。週明けに治療方針等の話が先生からあると思いますが、事前の説明では放射線を当てるようなことをおっしゃっていました。
今回の病気で人の体の仕組みというのはまったく予測不能なのだとつくづく思っていましたが、これだけフルコースで次から次へ料理が出てくるとは思っていませんでした。
ただ今回の治療の件に関しても、しっかり自分で納得のいく治療をしてもらえるようにしっかり病状を認識して進んでいきたいと思います。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

類上皮肉腫について。(11月3日作成記事です)

軟部肉腫・類上皮肉腫の方、類上皮肉腫の患者を身内に持ってらっしゃる方に、今、自分が行っている治療法を1つの情報としてお話します。原発は、左下腿部でした。今年の4月頃にピンポン球2つ分位のシコリに気が付き始め新宿にある、大きな大学病院で1ヶ月程通院して見てもらったのだが中々具体的な病名が聞けず、色々と情報を集め、軟部肉腫では、日本で1番権威の有る先生がいる、癌専門の病院を紹介してもらいました。案の定、診察してもらった、その日の夕方には、自分の病気が類上皮肉腫であること、リンパ節転移・スキップ転移が起きやすいこと、有用な抗がん剤はまだ確立していない等の説明を聞くことが出来ました。入院後、すぐに生検手術を行い、白血球の回復を待って、今度は3種類の抗癌剤治療を1月弱クールで行いました。初めが、シスプラチン。2回目がアドリヤマイシン。3回目がイホマイドでした。副作用だけは、しっかりと出たのですが、肝心のがん細胞は、小さくなるどころか、その3ヶ月で更に大きく成長して、左足膝の裏、左足付け根のリンパ節まで転移してしまいました。結局、有用な抗癌剤は探れないまま、入院3ヶ月強で左足大腿部の切断手術を行いました。術後の生活の事も考え、足の付け根ではなく、膝上での切断を選択しました。しかし、退院、1ヶ月後の外来のCT検査で右肺への転移が見つかったのです。其の時は先生との打ち合わせで、とにかく、目眩めっぽう効く抗癌剤が見つかるまで治療を直に始めようと言うことになり、ベット待ちをしていたのですが、入院の前日に手に入れた、「わかさ」と言う雑誌で自家癌ワクチン療法というものを見つけ、先生には無理なお願いをして、抗癌剤治療の前に自由診療で自家癌ワクチン療法を先に行うことにしたのです。自家癌ワクチンの詳しい説明については、セルメデシンと言う会社のHPで確認してもらえればと思いますが、簡単に書くと、まず、手術の際に摘出したホルマルン固定の腫瘍細胞を特殊な加工をしてワクチン化するというものです。それを2週間置きに計5回皮内注射して体内のがん細胞と戦わせて免疫を活性化させるというものです。そのため、基本的には一度なんらかの形で手術をしたものにしか利用できないやり方ですが、自分の体のがん細胞の目印を明確にできるので、症例数はまだ少ないですが、高い効果があがっていると言われています。なかなか癌になってしまい入院してしまうと治療情報とか選択肢というのは患者本人には狭められてしまいますけれど治療自体も自己責任だと思うので、特にこの自家がんワクチンがどうのという話ではなく、納得のいくまで自分の病気と向き合う姿勢だけは持っていきましょう。

| | コメント (6) | トラックバック (0)

2006年11月 2日 (木)

神棚設置。

本日、ようやく1階のリビングに、神棚が出来ました。
以前から近所のご主人にお願いしていたのだが、自営で内装業をやっていて、休みもないほど忙しかったのだが、久しぶりに体が空いたという事で、神棚の設置にと来てくれたのです。流石プロの仕事という感じで、下見の後、仕事道具とベニヤ板を持ち込んで、手際よく取り付けてくれました。帰りがけに、封筒に入れた手間賃を渡そうとしたら受け取ってもらえず、仕方なく買い置きしていたクッキーを持って帰ってもらいました。家の周りのご近所さん、特に家を含む4件は、やたら付き合いが良く、と言っても何時もこちらがお世話になりっぱなしなんですが、つい1年数ヶ月前に越してきたとは思えないほど、良くして貰っています。わりとお兄さん、お姉さん的な人達が多いので、嫌な顔一つせず色々と力になってくれます。人の縁とは、自分で引き寄せられる時と、受身で与えられる時とあるけれど、自分の人生の中では、何故かどちらのケースでも良い方達に恵まれていて、何時も周りの人達の助けを借りて生きているのだなーと、つくずく思いました。借りばっかりで、何も返してないのですが・・・・・・・・・。

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年11月 1日 (水)

自家癌ワクチン終了。

本日、自家癌ワクチン最後の注射が終わりました。
2日後、免疫反応をもう一度確認してもらいにいきます。注射の跡が赤く反応していれば良いらしいのだが、まあそれ自体は一つの目安で、直接の効果とはあまり関係ないとのことでした。効果自体はまだまだこれから時間をかけて現れてくると思います。その他、自家癌ワクチン後の治療法について打ち合わせをしました。ここ5日ぐらいは、いよいよ熱が38度に到達し、日に日に体力が削られていきそうなので、とにかく食事が出来そうなときに食べています。ナチュラル・ダイエットってところです。
体調も芳しくなく、色々思うように事が進まなくて、多分、人生の中で、今一番煮詰まってると思う。8ヶ月目に入る妻のことを考えても、良くやってくれていると頭が下がります。乗り越へ所なんだと思います。今を笑って過ごせるかどうかが、自分が少しでも強くなれるかどうかだと。実際には咳きや吐き気で、へらへら笑っているのも中々難しいのですが、ここからグワーと気持ちを前向きに持っていき、ファイティングポーズに戻します。いつまでも弱い自分に浸っているのも、そろそろ飽きたころですので。

| | コメント (1) | トラックバック (1)

« 2006年10月 | トップページ | 2006年12月 »