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2006年10月29日 (日)

抜いちゃいました。

スパルタNsさんすいません。入院、先送りになっちゃいました。
実は、この前の木曜日に、外来で先生に診てもらった時に打ち合わせをして、まず入院しないで細い針で2~3回に分けて外来で抜いて見ましょう、と言うことなって、その日の夕方にリハビリ室で、緩和ケアの先生にチュウチュウと2リッターぐらいの肺水のうちの800ccを、吸い出してもらっちゃたからなのです。もしかするとこの方法で2~3回抜いている内に自然治癒する可能性があることと、病室が満室だったこと、入院方式だと、もっと太いチーブを2週間わき腹に刺しっぱなしで、シャワーも浴びれないことと、なにより木曜日の時点で右肺がもう満水状態で、寝て起きるだけでも溺れそうに苦しくなっていて、その証拠に、その日の夕方、久しぶりに元気に喋っている自分を妻が、別人でも見るように、よっぽど我慢してたのねと、感想を漏らしていたぐらいで、実際に5秒間話しただけで酸欠に陥っていたので、正直、何でもいいから早く吸っちゃて、と言う感じでした。只、針で抜くと言ってもやはり初めての経験で、肋骨と肋骨の間に針を刺して、そこに少し太めの注射器で吸い出して行くと言う、ケッコウ職人チックの手作業で、先生も心配させまいとしてか、ずーと話しかけてきてくれて、途中容器に溜まった真っ赤な(肺水と言っていたので、てっきり透明なものだと思い込んでいたのだが、実際は真っ赤でエグイ色をしてました)肺水を、わざわざ目の前で見せて下さって、今日はこれぐらいで止めときましょうと、丁寧に説明してもらいました。中々、一気に抜いてしまうと肺が傷ついてしまったり、呼吸に障害が出たりすることがあるのと、分割で抜いている内に、体が異変に気が付いて、自然治癒する事もあるので、まずそちら狙いで行きましょうと言う事になりました。又、外来の時に顔出しますんで大人しくしていなさい。
その後、体の状態ですが、肺水の方は、とは言ってももだ1リットルちょっと残っているのでまだ少し違和感は有るが、副作用の咳きが出る事以外は前のような苦しさからは、抜けれたようです。ただ、毎日夕方になると出ていた微熱が、今日はいよいよ、38度代に突入して流石に、ダルさ爆発といった感じです。又、サリドマイドの服用も、まだ1っヶ月も経ってないのに、いっちょまえに、副作用が現れてきていて、今日、朝目覚めると右の手に痺れが走っていて、夕方頃まで、抜けませんでした。睡眠薬としては昔の物で、あまり性能は良くなく、飲んでも眠くならないくせに、次の日は、やたら抜けずらい、と言うシロモノなのだが、元々血管の成長を妨害する性格が強い為に、最近のがん治療では、癌が、血管を伝わって増殖していく道を、断ち切るという成果も報告されており、チョットやって見ようかと思い始めたのだが、そんなに早く副作用なんか出なくてもいいのに、どうも体が敏感に出来ているらしく、しっかり成分を受け止めてくれたようです。まあ良く考えれば、体が反応していると言うことは、体に効いていると考えても罰は当たらないでしょう。熱が38度に上がったのも、いよいよ自家癌ワクチンが、本格的にがん細胞に戦いを挑んでいると言う事だろうから、今まさに自分の体の中で、様ような化学変化が起きているのでしょう。そろそろ癌細胞にもお引取り戴く時が来たと言う事でしょう。

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2006年10月23日 (月)

そもそもブログって?

スパルタNsさん、コメントありがとう。
それではお言葉に甘えて、近々入院させてもらいます。眺めのいいベットを空けて待っていて下さい。でも、何の目的も無く暇つぶしに来るのだけは止めてくださいね。
今朝はサリドマイドの影響で、妻に起こされるまで熟睡してました。やはり起きてからも薬が抜けきらず、少し頭がボーとしていました。昼ごろに気分転換で車を運転して、モスバーガー(テイクアウトで)に行き昼食をとり、その足でミニストップに寄りソフトクリームを食べて家にもどりました。その頃には薬も抜けて頭もスッキリしていました。今は、肺の痛みの為リハビリが行へず、入院してた頃ぐらいの運動不足に陥ってます。夕方には、神棚の設置をお願いしていた近所の旦那さんが、下見に訪れ、設置場所の目星をつけて帰っていきました。近々、仕事が早く終わったときに付けに来てくれるとのことです。夜は、妻の手作のクリームシチューとチーズケーキを頂き秋の夜長を堪能しました。って、チョット日記っぽく書いてみたけど、ブログってこんなんで良いんでしたっけ?

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2006年10月21日 (土)

親の心は?

自家癌ワクチンから3日目、反応は過去2回と同じ。昨夜、サリドマイドを抜いたので倦怠感は無し。但し、朝から咳がでて、夕方に血痰が出た。又、呼吸と共に喉の付け根ぐらいの器官からヒューヒューと空気が抜けるような音を確認。どこかに穴でも空いてしまったのだろうか?

先日、10年程昔に面倒を見ていた部下から突然電話が掛かってきた。

かなりハードに仕事をしていた時の部下で、プライベートではよく、ウインドサーフィンをしに海に行ったりもする関係だった。あまりにも久しぶりだったのでどうしたのか聞いてみると、人伝手に自分の病気の事を聞いて、だいぶ前からブログを見ていたとの事でした。ブログを見る度にパソコンの前で泣いてしまって、なかなか連絡をする事が出来なかったらしく、ただ、どうしても頑張って下さいと一言、言いたくて掛けてきてくれたそうです。丁度、今の会社に転職したてのころの部下で、過酷な仕事(その頃の自分自身が大分気合が入っていたので)を、良くこなしてくれていた奴で、最後、辞める時もわんわん泣いていたイイ奴でした。たまに思い出しては何処かで野垂れ死んでないか心配していたのだが、こんな形で電話を貰うとは考えてもいませんでした。とにかく又、ウインドをやろうと言うことで電話は終わったのだが、何かの縁で、今まで沢山の新人や、部下を見てきた。仕事がもともとハードなので、辞めていく人間の方が圧倒的に多いのだけど、

それでも常に心に決めていたのは、もし、何処か他に行ってしまっても一人前の社会人として働けるよう、自責の念を忘れないように接して来ました。そんな自分の思いが一番強い頃の部下だったので、恨まれてはいても、よもや心配なんかしてくれてるとは思っても見なかったので、電話を切った後で、気持ちが熱くなりました。何処の組織でも、会社でも同じだが、上司や、トップは、実は何時でも真剣に部下の事を考えているのだが、実際に下に降ろされる時には歪んで誤解される事が多々ある。夜中まで社員のモチベーションの為に役員が身を削って話していても、それが伝わることはほとんど無い。親の苦労子知らず。と言う事だろうか。でも、やはり親だけに、どんなにキツクしても、辛い仕事を指示しても、子は可愛いのである。

それが少しでも伝わっていたのかと思い、少し救われた気がしたのだ。

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無理はしないで少しずつ。

3度目の自家癌ワクチンが終わりました。
後はじっくりワクチンが体に沁みこんで癌細胞をやっけてくれるのを待つのみです。胸水と癌細胞の数ミリの成長に関しては、あまり芳しくないとの事で、いよいよサリドマイドでの治療も追加する事になりました。もともと睡眠薬なのだが、飲んで効き始めるまで時間が掛かり、朝もいつまでも眠気、ダルさが残るようです。又、副作用で倦怠感、手足の痺れなども報告されており、実際、飲み始めてみると体が起きるまでに時間がかなり掛かります。しかし、あまり好き嫌いも言っていられないので、暫らく続けるしかないのですが・・・・・。
胸水の方は、特に良くなる気配も無いので、来週辺りにもう一度外来で診てもらってから入院して抜いてもらうつもりです。今の状態で、1リットル~1.5リットルぐらい溜まっているのでは、との事でした。そうなると1~2週間の入院になるそうで、妻の体の事も心配だし、本当は今月の中旬頃から会社に復帰しようと思っていたのがズルズル延びてしまって、更に又ここで時間が空いてしまうのが悔しくてしょうがありません。自分の帰る所が遠くに行ってしまうようで・・・。
それでなくても、ここ20日間ぐらい、夜になると37.5度ぐらいの微熱が出て、体のコントロールが上手く出来てなくて、ふと気がつくと妻にあたってしまったり、眠れなくなっていろいろ考え事をしたりと、あまり自分の進みたくない方向に向かっている様で、人生始まって以来の追い込みにあっています。ただ有難いもので、こんな時に、ブログを見て電話を掛けてきて下さる会社の方や、メールで励ましてくれる友達、ブログでコメントをくれる嘗ての入院仲間、わざわざ御札を貰いにいって下さったコンサル会社の社長さん、まだ見捨てずに自分の復帰を待っていて下さるボスと会社の仲間達。人間ってどんな時も、其の時の環境の中でギリギリ頑張って、もがいて生きていかなくてはならない生き物で、何時でも最悪だと思ってしまう人は死ぬまで、其処からは逃げられないのだろう。ただ同時に、人間というのはどんなに苦しくても、辛くても、必ずいつかは前を向いて歩き出さなくてはならない生き物でもあると言う事も身に沁みて判りました。思った程強く無かった自分をあまり攻めずに、とにかく今は少しでも前を向いて無理をしないで進んでいこうと思います。いろいろな方からの勇気を、少しずつ分けてもらって。

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2006年10月19日 (木)

ちいさな勇気。

いよいよ明日、3回目の自家癌ワクチンです。

先週のCTでの確認では、先月の物に比べ数ミリの成長が認められました。これがどれ程の事なのか聞く間もなく、写真の右側の肺を半分ぐらい影が覆っているのが見うけられた。先生曰く、肺に水が溜まっているとのこと。がん細胞が何らかの引き金となって溜まり始めたのだろう、との事。胸の痛みも、炎症を起こして肺に穴が開いた為との見識でした。自分としては、骨や筋肉などへの大きな転移も考えていたのでまずまずの状況かなと思っています。ただ、肺の水も放っとく訳にもいかず、どこかのタイミングで入院して抜かなくてはなりません。先生はもう少し痛くなってからか、息が苦しくなったらにしましょうと、言っていましたが、どこで判断すれば良いのかはこれまたシロウトには難しいなーと思っています。既に寝返りをしたり、起き上がったりすると、暫らく息が詰まったようになっているので、この状態がもうしばらくつず続くようならば、入院する予定です。

今回、癌の発覚から入院、手術、退院、そして転移、妻の妊娠、と半年の間に色々な事がありました、その都度なんで自分なのか、夢じゃないのかとか、今でも朝起きる度に左足を確認しては、そうだよなと、自分に言い聞かせていました。そんな自分の気持ちに少し変化をもたらす出来事がありました。CT検査後に、リハビリ室で義足の調整をいつものように行っていたとき、後から小さな女の子が入って来ました、車椅子に座っていたので、その子の左足が無い事に気がつくのに時間は掛かりませんでした。丁度自分が手すりを持って義足の練習をしている横で、女の子が多分術後始めてのリハビリだったのだと思うけど、手すりを使って片足歩きの練習を恐る恐る始めました。始めはとても怖がっていて、最初の一歩が中々踏み出せませんでしたが、暫らくして先生達の励ましで、一歩ずつ歩き出しました。横で只、そんなやりとりを聞いていた自分は気がつくと泣いていました。その女の子はまだ9歳で、後で聞いた話ですが、先生に、「義足を着ければ又、走れるようになるからね」と言われた時に、ちょっと寂しそうに「足が速かったから悔しい」と、答えたそうです。足を失って苦しんでいるのは自分だけでは無いし、世の中には、もっと辛い思いをしている人達は沢山いるのだから、と、妙に自分に言い聞かせて来た割に、中々消化しきれなかった自分には、とてもショックな事だったのでしょう。たかだか術後2,3週間の女の子が前を向いて生きようとしている、自分の4分の1も生きていない子供が、頑張って恐怖と戦っている、ふと、自分を振り返った時、自然と涙が出てきたのです。まだまだ、自分の心の中に甘えがあって、もっと強く生きていかなくてはいけないという気持ちになりました。もう一度、今の自分をしっかり受け止め、気持ちにブレのないようにと9歳の女の子に教えられました。彼女が1日も早く歩けるように、いや、昔の様に、走れるようになるよう願っています。

ココログが工事中だった為に掲載が遅くなりました。

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2006年10月11日 (水)

「おい、俺の癌細胞!」てな気持ちです。

いよいよ明日、一ヶ月ぶりのMRI検査です。
今の気持ちは正直、不安な気持ちで一杯です。自分で選択した治療法は先日、2回目のワクチン注射も終わり来週最後の1本を残すのみで後悔はしていません。只、10日程前から転移のある右側の肺、アバラの辺りが疼き、ちょつと動かしたり、寝返りなどするときにズキリと刺激が走り、嫌な気持ちにさせてくれているのです。とにかくワクチンが効きだすまではおとなしくしてろよ、と思っていたので・・・・・・・・・。
痛みが始まってから5,6日ぐらいは妻には黙っていました。無意味に心配を掛けたくなかったのもあるけども、自分の中で認めたくなかったという気持ちのほうが強かったのかもしれません。その間は気持ち的にも不安定で、妻と話していても、気持ちを隠している自分にイライラしていました。さすがに数日前、妻に症状を伝え(余計な心配を増やしてしまったが)てからはイライラは無くなったが、今度は転移の進行の不安が頭を大きく擡げてきました。実は数日前から、治療の一環としてサリドマイドという睡眠薬をのみ始めのだが、薬を飲んでいるにも関わらず、平気で2,3時間眠れなかったり、日ごろは見向きもしないゲームを何回も何回も繰り返しやったりと、どう見てもやられちゃってるなーというのが今、現在の状況です。とにかく、明日の今頃には少し病状が分かっているはずですが、検査を受けることがケッコウしんどい気持ちです。後は、神頼みです。どんな結果でもしっかり受け止めるつもりですが、たまには良い方で驚かしてください。「おい、俺の筋肉!」って、あるけれど、「おい、俺のがん細胞、どっちなんだい!」と言う心境です。

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2006年10月 9日 (月)

都合の良い願い。

しまさん、まんちん軍団のいとーさん、コメントありがとう御座いました。
いとーさん、是非一度ウインドご一緒しましょう。自分のウインド仲間も紹介します。
もうみんな、おやじですけど。今はまだ義足の練習中ですけど、必ず復活します。
さて、久しぶりのブログですが、ぼちぼち忙しい日々を、送っていました。リハビリや病院以外でも、ちょっと遠出をしたりとか。
先日神棚を買いまして、遠出に関係有るのですが。以前このブログでお話しました、会社のボスに、岡山県にある金比羅院に癌のお払いをしに連れて行って貰ったのです。
以前から、うちのグループの役員は年に1、2度行っているのは知ったし、毎年、新年には会社で館長先生には、お払いもして戴いていたので、馴染みの無い所ではなかったのですが、今回はわざわざ自分の癌封じ(子供の安産祈願もしてくれました)の為に、先方と日程を組んでくれて(実際行ったのは、月末の忙しい時でした)の事と云うだけではなく、金比羅院総本山での癌封じの祈祷は、個人の為には通常やることは無く、年間で決まった日にしか行はないと云う話を、後から聞かされました。うちのボスもそうですが、金比羅院の総本山の館長先生も、日々、日本中を飛び周っている方なので、本当に有難い気持ちでいっぱいになりました。特に今までの人生の中で何かの宗教を積極的に信仰したことも無かったのですが、そうではなくて、忙しい中こういう機会を作ってくれたボスや、全身全霊で自分の為に祈祷をしてくれた方々に、感謝と感動で涙が出てしまいました。帰りは少し時間を使い、観光地巡りもしました(多分ボスは、退院後の気晴らしで誘ってくれた所も有ったのだと思います)。
そんな事も有って、折角戴いた御札に失礼の無い様、急遽、神棚を用意して毎日、朝晩、手を合わせています。都合の良いお願いを、毎日朝晩繰り返しています。感謝の気持ちは今回の病気で深く心に沁みてきました。一人で生きる事の無力さも分かりました。意味の無い人生、意味の無い時間なんて無いことも今は少し分かりかけてきました。そして、今まで当たり前のように朝、目覚められることが、一日一日が過ごせることが嬉しくてなりません。

まだ、自分には恩を返さないといけない人が沢山います。都合の良いお願いは、これからも毎日、朝晩続けるつもりです。

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