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2006年9月28日 (木)

点々は、味方!

点々ですが。
今日、返答が有りました。皮内に黒く固まってしまっているのは、やはり細かく粉砕した自分のがん細胞だそうです。
こいつらが、これから体の中に取り込まれていって、なんと脇の下のリンパ節まで運ばれるそうですが、そこで抗体を造って体の中のがん細胞と戦ってくれるんだそうです。
うーん、すごい仕組みだ。そんなら、もう少しリンパ節に近いところで打っても良いのでは?と、突っ込もうと思っていると、空かさず、脇の下に打つやり方も有りますと、あっさり。
次回の注射の時に、打ち合わせすることになりました。
特に、点々自体は問題が無いという事でしたが、こちらとしては出来るだけ早く体に廻ってもらわないと困るので、次回は脇の下で行こうかと思っています。
明日は、義足のリハビリです。いまいち上達していないので、なんとか片手松葉ぐらいまで出来るよう頑張ろうと思います。
4ヶ月間、一緒に入院していた心の友が今、抗がん剤治療で入院しているらしいので、チョット冷やかして来ます。げろげろ状態だったら、そっとかえります。
さあ、そろそろ義足、両手放し(松葉杖無しで)で、歩けるようにならないと・・・・・・・・・。

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2006年9月24日 (日)

変な点てんが!

スパルタNsさん、コメントありがとう。
初めての、切断患者の対応にしては見事でした。
もし、自分が逆の立場なら、どう声を掛ければいいのか?どうフォローすればいいのか?
と、入院中に考えた事があり、そう考え始めると、看護師の仕事ってシンドイなーって思い、一度、スパルタNsさんに患者さんのメンタルフォローのマニアルがあるんでしょって聞いたとき、
あっさり、そんなもん無いよって答えが返って来て、再度関心してしまったのを今でも覚えてます。
自分みたいな患者さんって、(もっと、デリケートな患者さんは いっぱいいるとは思うけど)どこに気持ちがぶれるか見当もつかないと思うけど、それを看護師さんは経験値で対応してるとは、
やっぱり、たいしたもんだと思います。
また、抗がん剤治療でお世話になりますが、ナイスなフォロー、お願いします。

Img_0945_1さて、水曜日に打った、自家癌ワクチンの本ちゃんですが、まだ効き目どうのこうのは判らないのですが、注射のあとは写真のとうり、ちょっと気持ち悪い事になっちゃってます。
左腕に一度に5箇所注射をしたのですが、多分其の時に液体以外の物が、腕に残ってしまいこの様な状態になってしまったのです。治療上、なんの問題がなければいいのですが、特に最初に説明の無かった状態なのでチョット気になっています。
当然、同じ写真をメールで見てもらっているので、返答を待っているところです。と言っても、薬が効いてくれれば、こんな痕100個残ろうがどうでも良い事なんだけども。
これ以外今のところ、特になんの副作用は出ていません。

今日は、久しぶりにすき焼きが食べたい、というリ自分のクエストに答えて、義理の両親が、わざわざ料理を作りに来てくれました。
ここぞとばかり、体の自由が利かない妻と自分は、ミネラルウオーターと野菜ジュースワンケースも買ってきて貰い、ついでに2階に上げてあったガスファンヒーターも下ろしてもらいました。
なかなか足の痛みもあって、義足のリハビリが思うように進まないのと、本来なら自分が力仕事担当であるべきなのに(義理の父は来年定年です)、という思いが心を不安定にします。
術後の何も出来なかった状態よりかは、遥かに良いのですが、周りで皆が動いている時に、自分が何も出来ないのは、やはりきついものがあります。
特に、今住んでいるところは、ご近所さんも良い人ばかりで、何かと、手打ちソバだ、ラーメンだ、煮物だ、畑でとれたとうもろこしだ、とか言って、今では気がつくと庭の窓から直接声が掛かるまでの付き合いになっていて、自分の病気のこととか、妻の妊娠のこととかで、ご近所さん共同で、ゴミだしや、荷物運びをしてくれていて、引越して来て、一年しか経っていないのに、なんでこの人達ここまでしてくれるのってつくずく今回の病気で、本当に自分は良い人達に、良い人の縁に恵まれていたのだなーと、思い知らされているのだが、逆に何も出来ない自分、甘えっぱなしの自分(会社に関しても同じです)が、どう言い訳しても辛いのは確かです。

日に日に、お腹の大きく成っていく妻に負担ばかり掛けて、風呂に入るのもまだ一人では覚束無くて、荷物を運んでやることも出来なくて・・・・・・・・。
昔の身体の時には当たり前にやっていた事が、これほど何も出来ないのかと考えるときは、正直あります。
只、やっぱり周りで支えてくれている人達、協力してくれてる人、何より妻の為にもとにかく今は、前に前に進もうと思います。
誰もが、普通に暮らしているときには気がつけない、人の本当の優しさや、感謝の気持ち、生きてることの大事さだけは、間違いなく心に刻む事が出来たのだから、後ろを向くのは罰当たりっぽそうなので。

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2006年9月22日 (金)

スパルタNsって?

しまさん、スパルタnsさん、コメントありがとう。
で、スパルタnsさんって、どこのどなた
でしたっけ?
まさか、入院中お世話になった看護師さん?
・・・・・・・・・・・・・・。
実話ここだけの話、入院中厳しい看護師さんに
毎日のように虐められて・・・・・・・・。
うそです。
言葉は厳しかったけど、とてもこちらの気持ち
を、読んで愛情を持って看護にあたってくれました。
たまに愚痴ったり、サボりにきてたけど。
夏休みで実家に帰った時に、地元のねぷた祭り
で使われる、お守りの鈴を、自分と妻にお土産
に持って帰って来てくれた事がありました。(
何時も、お菓子をネダラレてたので、それぐらい
当然と言えば当然ですが・・・・・・・・・。)
でも、不覚にもちょっとジーンと来ちゃったのを
覚えています。
仕事はとても大変そうでしたけど。一つ言っとき
たいのは、あなたの笑顔や、つまんない話で、
救われた事が何度もあったと言う事。
多分他の患者さんも同じだと思うし、他の看護師
さん達も、沢山の患者さんの心を支えていると言う
事実を伝えさせて下さい。
どれだけ素晴らしい事を、あなた達がしているのか。
毎日の忙しさの中では、そんな時間も無いので
しょうが。仕事を超えた仕事をしているのだと、
病気だけからでなく、心も救っているのだと言う
事を心に留めといて下さい。
誇りと、一層の自信を胸に頑張って下さい。
ところで、スパルタnsさんって、だれ?

本日は、二回目のワクチン注射に行って
来ました。
と、いうか、前回のは反応テストで、今日のが
本当のワクチン注射です。
今、自分の左腕には、ほぼ二㎝間隔で打たれた
注射の痕が残っています。
これから、こいつらが、じわじわと体の中に入り
込んで、あれやこれや激闘をしてくれるのかと
思い、頼もしい気持ちで一杯です。
さながら、日本代表をピッチに送り出す、オシム
監督の気持ちではありますが、今の自分は、
オシム以上に、勝ってこいや!と、言う気持ちが
強いのは、言うまでもありません。
二週間クールで後、二回の戦い。
本当は、引き分けでも充分勝ちに値します。
今日ブログ読んだ、20年らいの友達に、
この期に及んでも、相変わらずヒョウヒョウと
してるねと電話をもらったのですが、今回の
自家癌ワクチンも、ヒョウヒョウと効いちゃって
くれる事と信じています。
頑張れ日本!じゃ無くて、頑張れワクチン。
ってな感じです。

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2006年9月16日 (土)

始まりました、自家癌ワクチン。

いよいよ始まります。
自家癌ワクチン。
まさしく、運命を分ける治療が今日から
始まりました。
抗がん剤治療を後回しにして、
主治医から離れ、自分で選択を下した治療法
です。
まさに、命懸の自己責任です。
自家癌ワクチンというのは自分の体の中に
あった癌細胞をワクチンに変えて体に戻すという
オリジナル治療でまだ症例自体が300件ぐらい
しかなく、しかも自分の軟部肉腫での事例は無い
そうです。あまりゆっくりしていられない自分が、
何故、これを取ったのかというと直感みたいなもの
でしょうか。初めは、自分では絶対こんなの判断できる
訳ないと、なんで自分がこんな命の選択をしなくちゃ
いけないのかと呆然としていましたが、ふと思えば
左足を切断する時も同じ様に自分で選択を下し、
事に臨んだ事を思い出して、腹を据えました。
多分、自分の人生の中でも一番の選択である事は
間違いないでしょう、でも、今回は勝ちます。
直感と言いましたが、実はそれだけでもなく他にも
理由は有って、この自家癌ワクチンに出会ったタイミング
も、その一つでした。病院からベットが空いたので、明日
から抗がん剤治療に来て下さいとの連絡を、入院前日の
昼に受けたときには実はまだ、その存在すら知らず、
たまたまその夜、前の日に家に見舞いに来ていた母に
紹介されていた医学雑誌を読んでいて初めて情報が
入ってきたのです。もともと抗がん剤が効きにくいと、
言われていたのと、自家癌ワクチン自体が、抗がん剤の
後だと一ヶ月待たないと行えないという物だったので
自分としても、抗がん剤で体力が落ちる前にやって
みたいという気持ちに成り、病院の先生には迷惑を
かけてしまったけれど、なにか、運命的なものも感じて
トライすることにしたのです。
約2ヶ月間に、5本の注射を打って様子を見ます。
大きな賭けですが、多分自分の人生の勝負運が
ここで大きく花咲くと思います。
奇跡を信じ、なにより自分の生命力を信じ戦って
行こうと思います。自分の癌細胞頑張れ(癌細胞
ワクチンのほうね)。
次回の、お注射は、来週の水曜日予定です。

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2006年9月15日 (金)

元気な子が出てきます。

痛風っぽいの、だいぶ良くなりました。
まだ、親指では踏ん張れないものの、刺す様な
痛みからは解放されました。
来週、病院で再検査ですが、それまでに治って
くれればと思います。
それから、良い報告があります。
この前のブログで、お腹の子供の染色体異常の
事を話ましたが、昨日病院で最終検査結果を聞き、
特に問題無いとの事でした。
内臓や体も細かく見てもらいましたが、心配は無い
です、とのお医者さんの心強い言葉、久しぶりに
嬉しい気持ちで満たされました。
妻のお腹も、一著前の妊婦さんみたく成ってきて
いよいよという気持ちが高まって来ました。
とにかく今は、元気な子供の顔が見れるのが待ち
どうしいです。

今日は、リハビリで病院に行ってきました(なんだ
かんだで、ほぼ毎日病院には言っているのだが)。
リハビリといっても、先週着けた義足の調整に行った
のだけど、もともと痛風の痛みがまだ残っているので
あんまり無理は出来ないなと思っていったのだが、
やはり、前回程の進歩はなく終わってしまい少し、
気持ちに焦りが生じました。
直後に母親からケータイに電話をもらった時に、
いらっとして、きついことを言ってしまい流石に
可哀想だったかなと反省しました。
多分、今日のリハビリの感じだと義足に慣れる
のって結構難しそうで、自分の中ではもっと簡単
に歩けるようになるイメージだったので正直
ショックでした、今回はそのまま義足を家に着けて
帰って来たのですが、車の乗り降りから始まって、
一番泣けたのは、たかだか玄関で靴を脱ぐという
作業が出来なかったこと、手が左の義足側の足先
まで届かないのです、玄関で10分ぐらいジタバタ
して、靴べらを1本駄目にしても無理。
久しぶりにギブして妻に脱がしてもらいました。
うーん、奥が深そう。そんな深くなくていいのに、
と思いながら義足生活第1日目は終わりました。

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2006年9月12日 (火)

また転移ですか?

4ヶ月ぶり、
会社に行って来ました。
と言っても、残念ながらまだ社会復帰ではなく
気持ちのリハビリの為ボスのお願いをして
会社の空気を吸いに行かせてもらったのです。
しかも妻も一緒に。
久しぶりに懐かしい顔に囲まれて、なんで自分が
ここにいなかったのか、不思議な気持ちになりました。
退院祝いにと、女の子が朝から並んで買って来てくれた、
ニンテンドーDS、花束、そして応援。
皆に心配をかけ、皆にこんなに支えられてるんだと、痛いほど
感じました。帰りの車のなかで妻が皆良い人達だねといっていました。
自分自身も、頑張ってる皆の姿をみて刺激を貰えたし、
1日も早くここに戻って来たいという気持ちを再度持つことができ
良い時間を過ごせました。
普通の会社なら、これだけ穴をあけてればもう机なんて無いので
しょうが・・・・・・・・・・・・・。
とにかく、自分に出来ることは早く復帰してボスや会社の皆に
仕事で恩返しをすることです。

今朝、朝の6時頃右足の親指の付け根に走った激痛で目が覚めました。
3日程前から、じわじわ痛くなっていたのですが、さすがにごまかしが効かなくなったのか、結構いい感じで疼きだしたのです。
昨日、妻に症状を伝えたのですが、転移ではないかと心配していたのでふと、そのことを思いだして、ベットのうえで暗い気持ちになりました。
唯一残った足がもしこのまま使えなくなったらと、自分の心をシュミレーションしてみました。
うーん最悪。可愛そう過ぎるでしょう、そればっかりは、神様。
昨日の夜も2階に上がるときは大事を取って、座ったままお尻で
階段を登ったりとか、おしっこもバランスが取れないから座ってしたり、
なにより、親指がめちゃくちゃ痛くて普通に部屋の中で歩くのさえ何度もコケそうになったりと、充分苦しんでいたのに、転移だなんて、ねーまさか。
とうだうだ悩んでいてもしかたないので、妻に病院に電話してもらい診てもらいに行きました。
疲労骨折かなんかですかねーという自分の問いかけには、
反応が鈍くうーんよく判んない。レントゲンと血液検査もやっとき
ましょうという先生の判断でドキドキしながら再度診察。
うーん、多分痛風かな。
まじですかー、何もこんなときに、痛風って。
転移の可能性は低いらしいのだが再来週にMRIの検査予約を
入れました。
一応先生の話では薬で治るからと、痛み止めとシップを処方して
もらい診察終了。只その頃には痛みがピークを向かえていて
履いてきたスリッパの先がチョコット何かに触れるだけで激痛が
走る始末、飛び込むように薬局に行き、もらった痛み止めを飲みました。
シップと薬の効果で今はだいぶ楽になったけど、俺の体って
こんなに病気好きだったのかいと思う今日この頃です。

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2006年9月 9日 (土)

作戦変更

再入院終了。
kaka君ごめんね、2日で退院しちゃいました。
急遽、抗がん剤治療を延期しました。
入院前日とある医学雑誌の記事に目が止まり、
別の治療法を選択することにしたからです。
今の病院の先生はとても信頼しているし、命を
預けています、人間的にもとても素敵な方で、
尊敬もしています、ただ今回は自分の命がけの
我がままを相談させてもらいました。
とても親身にアドバイスをしてくれました。
本当に感謝です。
と、云う訳でkaka君、予定よりだいぶ
早く退院しちゃいましたので又、2ヶ月後の抗がん剤
治療で会いましょう。
どんな治療をするのかは又後日書くこととして、じつわ
昨日、待望の仮義足の試運転をやってきました。
つい面白くて2時間ぶっとうしで歩きまくりました。
前回型取りした腿に合わせたソケット状のものを
かぶせ、その下にターミネーターみたいな足を接続
します。カッコイイ・・・・・・・・・・。
昔、子供の頃ミクロマンという玩具で遊んでましたが
30数年後、自分の足がミクロマンになるとわ・・・・。
しかも、前々回の打ち合わせのときに先々にウインド
サーフィンをやりたいという気持ちに共感してくれた義足屋
さんが膝のパーツをなんと5種類も用意していてくれたのです。
(普通は決めたものしか用意しないそうです)。
おかげで2時間たっぷり着け比べを楽しみました。
選んだのはインテリジエントという、ちょつと上級者向きの
やつです。もっと簡単な物も用意してくれていたのですが、
先々ウインドをやる為にも運動性能の高いのにチャレンジ
する事にしました。マイコンチップ入りというのも引かれた
理由ですが。
走れるし、チャリンコも乗れるみたいで先々楽しみな奴です。
只、義足の世界はなかなか奥が深く難題も沢山あるようで、
義足のソケットみたいのを着ける前に、シリコンのカバーを
履くのですが、これがしっかり肌に合わなくて、足がミミズ腫れ
になったり、ソケットがお尻の変な骨に当たって歩く度に激痛
が走ったりと、しっかり歩けるようになるまでは、もう少し時間が
掛かりそうでした。
しかし、久しぶりに2本足で歩けたのがよほど嬉かったのか
妻のストップがかかるまでひたすら歩いちゃいました。
人間の体のメカニズムは、改めて神業だなーと、妻と
その夜、語りました。
そうそう、今日は妻の30歳の誕生日でした。
何時もなら、プレゼントやらカードやらレストランやら
いろいろサプライズを仕掛けるのですが今年は、結婚記念日
もなにもしてやれずじまい・・・・・・・。
せめてもと思い小さいケーキを買ってきて、夕飯後、紅茶で
可愛く乾杯しました。うーん、ごめんね。来年はもうちょと
喜ばせてあげるから。

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2006年9月 5日 (火)

第二ラウンド。

1.2センチ。
術後、1月後の再検査のMRIのフィルムに
またしてもがん細胞が肺に転移してました。
なんて、元気なんだろう君達は?
もうちょっとゆっくりでも良かったのに・・・・。
第二ラウンド開始です。
退院して2週間強、義足の打ち合わせも
予定より早く進み、今月中にはひさしぶりに、
会社の可愛い後輩達に会えるなと楽しみに
していたのに、少し難儀な戦いにもう1度戻り
ます。
実は、今までここでは書かなかったのですが、
妊娠中のお腹の子供に染色体異常の可能性が確認
されていました。いわゆるダウン症の子供が
生まれてしまう可能性の高い症状です。
医者に指摘されたときの妻の苦しみは、自分
には分かりません。結婚後なかなか子供が
出来ず、今年の1月にようやく、と思ったのも
つかの間、流産。
その悲しみのなかでの今回の妊娠。
周りの誰よりも喜んでいたのに。
ただ悪い話ばかりでもなく、羊水検査の結果
では、8割がた大丈夫そうとの事。
来週の水曜日には最終結果がでるのだが。
妻は自分の退院に次ぐ明るいニュース
に、さあこれからというタイミングで。
医学的に見ると、今回の肉腫からの肺への
転移は、効く抗がん剤が見つかってない自分
にはシビアな物らしく、もしもの時を考える
周りの方達の助言の中には、まったく悪意は
なく、逆に妻を愛して本当に心配した上で、
もしも1人になってしまった時の事も含め
子供をどうするか考えなさいと言うアドバイス
もあり、転移が判って泣きじゃくる妻を安心
させてあげる事の出来ない自分にさすがに
今回涙がでました。
妻は、自分からしても気丈で強く振舞う癖
がありその反動で脆さも人1倍です。
それでも何度も立ち上がって前に進もう
としている彼女を自分は誇りに思います。
力をもらえます。
退院してから、会社のボスや、役員。友達。
親戚。肉親。近所の方々。沢山の人に力を
もらいました。それだけでも軽く10年、20年
生きられそうな程。
もうすぐ再入院ですが、皆さんからもらった力と
自分のしぶとさ(心の太さ)を信じ戦ってきます。
応援してくれてる会社の後輩、悪いけどもうち
ょっと待っていて下さい、必ず元気に戻ります。
かちょいい義足を見せびらかしに戻ります。

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