2007年1月 6日 (土)

ありがとうございました

これまで「よにんべや」を訪問してくださり、見守ってくださった皆様へ

主人は年末の忙しい頃、最後の最後まで病と闘いながら41歳という若さで永眠いたしました。

クリスマスの日に入院してからあっという間の出来事でした。

あと1ヶ月、いえ半月待てば会えたであろうお腹の子との対面を果たせず、自分の腕に抱くこともできなかった主人の気持を思うと本当に無念でなりません。

主人が戦った病は本当にやっかいでした。

軟部肉腫という珍しい病気、さらにその中でも類上皮肉腫という珍しい癌種。

主人は自家がんワクチンをやるときも、1月から試す予定だった新しい遺伝子治療薬をやるときも、常に「同じように苦しんでいる人のために自分で奏効が出たという実績を作りたい」と言っていました。

そして「いろんな治療法があるってことを他の同じように苦しんでいる人にも知ってほしい。そして病院に言われた治療法だけでなく、自分で調べて選択していくべきだ。」と。

そのために始めたブログでもありました。

そして自分の中に生まれた悪い細胞についてもっと調べてほしい。研究をしていってほしい。と思っていました。術後の切断した足から採取されるがん細胞をこれからの医療の役に立ててほしいと願っていました。

去年の5月からの闘病生活。そのつど最良と思われる治療を選んできたつもりです。

それでも、今こう思っても仕方の無いことだと分かっていても、他に何か手段はなかったものかと思ってしまいます。

まさかこんなに早く逝ってしまうなんて思ってもいなかった。

クリスマスの日、さくっと輸血して栄養剤の点滴してもらって、体力を戻して年内には退院しよう。それで来年からの遺伝子治療に通おう。そんなつもりでの入院でした。

私も主人もまさかこのまま家に帰ってこられないなんて想像もしていませんでした。

入院生活が長かったためか、未だに病院に行けば主人に会える気がしてなりません。

「お待たせ」と私が病室をのぞいて「おつかれ」って笑顔で言ってくれる。そんな気がしてなりません。

目の前にお骨はあるけれど、それが主人とはとても信じられません。

何度話しかけても主人は答えてくれません。

私が泣いているときに必ず差し伸べてくれたあの暖かい手で私の頭を撫で、頬を撫でてくれることはありません。

あんなに沢山の「愛」をくれた主人に私は何をしてあげられたのか・・・

今はただただ悲しいばかりです。悔しいことに、今思い出すのは最後まで病と闘っていた苦しそうな表情ばかりです。

天国で「笑って」って言っていると思います。「泣いてばかりじゃだめだよ、お腹の子元気に産まなきゃいけないんだから。」って。

今の私は回りの家族や友人、多くの方に支えられてどうにか立っていられています。

特に主人の会社の方々。主人がこのブログで「ボス」と呼んでいた方です。最後の最後まで本当によくしてくださり、主人は「ボス」が最後に病室に駆けつけてくれたのを待ってから永眠しました。

何よりも「ボス」に感謝し、亡くなる直前まで「ありがたい。頭があがらない。そう伝えて。」とつぶやいていた主人も「ボス」に見送られて幸せだったと思います。

主人を送り出せたのも、今こうして私がブログに向き合って主人について書くことができるのもこの方のおかげです。

これからは主人の遺志を継いでもっと詳しく主人の闘病生活を書いていきたいと思います。

そして病魔と闘う人にあきらめないでがんばってほしいと思います。

ただそれにはもう少し時間がかかりそうです。

まだまだ書きたいこと、書かなければいけないことは沢山あります。それは私のブログ「こころのぼやき」に随時書いていくつもりです。

最後の最後まで戦い、私に伝えようとしてくれたことを残していきたいと思います。

本当にこれまで沢山の方に訪問していただき有難うございました。

こころよりお礼申し上げます。

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2006年12月17日 (日)

粘り勝。

久しぶりの更新です。
退院後、胸水の方は抜けたのですが、抜けた処に大きな瘡蓋の壁が出来てしまい、状況としてはかえって悪くなってしまった様です。肺転移の癌の進行が元気すぎて、右肺の転移の数も増えてしまっていて、当初予定していた様な、治療結果には、ならなかったようです。おかげさまで、現在は、いよいよ松葉杖で、2~3歩、歩いただけで息切れしてしまい(これ、ホンと)、シャワー浴びるのなんて半分命がけ、トイレで頑張る時は、先日、病院でリースした「ハイさんそ」と言う、酸素マシーンから15メートルの酸素チューブの延びた物々しい機械が、トイレのお供です。医師は、もう右肺は諦めて、とにかく左肺に万が一の事の無いようにとアドバイスしてくれるのだが、特に具体的な治療法はないようです。とにかく何か有ったら直ぐ連絡してくれと言うことと、週に1~2回のまめな検診が、今のカードとなってしまいました。他にオプションで、肺水を抜く時に刺していたチューブの部分に癌腫瘍が転移していたのがまたまた分かり、医者は左肺に負担が掛かるからと手をつけたがらなかったのですが、既に松葉杖を着く時に、腫瘍が当たって歩行が困難になりかけていたので、無理を言って、放射線治療をしてもらう事になりました。

今の自分から、松葉歩行といえども1日、10歩程の重労働が出来なくなったら、チョツト辛いかなーと思ったもので。
とにかく、登る山は、確実に高くなっていくようで、その速度に今度は付いていかないとまずいので、以前、ボスにアドバイスされた様にこちらも今、次の手を考えています。又、チョット変わった治療法なのですが、今は、打てる手は、どんな事でもやってみるつもりです。たまに、仕事のときに使っていた、茶色いシステム手帳の中の、会社の年間スケジュールを眺めながら色んな事を考えていますが、来年の1月には自分も親父になます。名前ももう、決めてます。新しく誕生する、子供の為にも。腰が痛く足を引きずりながらも、自分の介護に嫌な顔もせず献身的に動いてくれている妻の為にも、しっかりこの山を登りきろうとおもいます。

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2006年11月29日 (水)

明日、退院です。

明日、退院になりました。
細かい報告は、又後日します。入院中、お見舞いに来てくれた方々、本当に有難うございました。KAKAくん、お土産のあかべこ、ストラップで大事につかってます。色々、ご心配をかけた方々にも、取り急ぎこの場を借りてお礼申しあげます。

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2006年11月23日 (木)

今は。

入院生活も早や2週間強。
胸水の方もだいぶ少なくなり、月曜日のCT検査である程度状態がはっきりしそうです。又、ソケイ部と骨盤の放射線も10回の内の2回が終了し、これはとにかく、リンパ節がこれ以上大きくならないうちに勝負がつくよう競争です。
今は、一つ一つの病状と逃げずに、どれだけ効果の高い治療をしていくかと、考える事が自分の一番の仕事です。一つ超えたと思ったら又同じ問題が出てくるだろうが、高い山に登ったほうが、見える景色も、見える世界も、得るものも、
変わってくるはずなので、命綱をしっかり打ち込んで、この山の山頂をコツコツと目指します。もしかすると今までは自分の目の前にあった山から逃げていたのかもしれませんが、今、こうやって面と向かって挑めている、キッカケを作って
くれた、今回の病気にチョットだけ感謝してもいいかなと思っています。

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2006年11月12日 (日)

入院してます。

本日11月12日(土)午後2時なぜか病室にいます。
結局胸水の溜まる勢いが予想以上に早く、先週の日曜の時点で風呂場で動けなくなり、月曜日早々に病院に行きました。
病院に行く際も松葉杖で1,2歩歩くだけで息ができなくなり、玄関から車に乗るだけでかなりしんどい思いをしました。
病院に着くと既に入院の準備が整っており、病室の空きのないところ、ハイケア室という手術後等に使う部屋に入院させてもらいました。
担当の医師が多分もう胸水が溜まって苦しい状態で来ると予測していたらしく、優先的に病室を空けてもらいました。その日の夕方にはとりあえず針で胸水を抜いてもらい、呼吸の方はだいぶ楽になりました。ただ同時に食欲がなくなってしまったことや、胸水で体の栄養状態が悪くなっていた為、同時に点滴も始まりました。
2日目にはいよいよ肺にチューブを入れて胸水を抜く治療を行いました。メスのようなもので右肺あばらの辺りに切り込みを入れて後はもう職人作業で肺の背中の方にチューブを6センチほど押し込みました。チューブの先端に蛇口のようなものを取り付け、その日から昨日まで朝夕胸水を抜いてもらいました。トータルで3リットルくらいでしょうか。
現在は食欲も戻り、呼吸もだいぶ落ち着いて松葉杖で少し動くぐらいはできるような状態になっています。このまま自然癒着で治れば嬉しいのですが、それが無理だと癒着剤を使いまた副作用で高熱と痛みと戦わなくてはいけません。とにかくこれでくっついてもらえることを希望しているのですが、ただ、なかなか話題性の多い体みたいで、実は3日ほど前に左足ソケイ部を触っているときに、新たに腫瘍を発見してしまいました。大きさでいうと直径4センチくらいというところでしょうか。
場所的にも義足をつけるときに非常に影響のある場所で、体全体に転移の可能性がある今の状態ではそこだけ手術で摘出するというのも難しいようです。週明けに治療方針等の話が先生からあると思いますが、事前の説明では放射線を当てるようなことをおっしゃっていました。
今回の病気で人の体の仕組みというのはまったく予測不能なのだとつくづく思っていましたが、これだけフルコースで次から次へ料理が出てくるとは思っていませんでした。
ただ今回の治療の件に関しても、しっかり自分で納得のいく治療をしてもらえるようにしっかり病状を認識して進んでいきたいと思います。

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類上皮肉腫について。(11月3日作成記事です)

軟部肉腫・類上皮肉腫の方、類上皮肉腫の患者を身内に持ってらっしゃる方に、今、自分が行っている治療法を1つの情報としてお話します。原発は、左下腿部でした。今年の4月頃にピンポン球2つ分位のシコリに気が付き始め新宿にある、大きな大学病院で1ヶ月程通院して見てもらったのだが中々具体的な病名が聞けず、色々と情報を集め、軟部肉腫では、日本で1番権威の有る先生がいる、癌専門の病院を紹介してもらいました。案の定、診察してもらった、その日の夕方には、自分の病気が類上皮肉腫であること、リンパ節転移・スキップ転移が起きやすいこと、有用な抗がん剤はまだ確立していない等の説明を聞くことが出来ました。入院後、すぐに生検手術を行い、白血球の回復を待って、今度は3種類の抗癌剤治療を1月弱クールで行いました。初めが、シスプラチン。2回目がアドリヤマイシン。3回目がイホマイドでした。副作用だけは、しっかりと出たのですが、肝心のがん細胞は、小さくなるどころか、その3ヶ月で更に大きく成長して、左足膝の裏、左足付け根のリンパ節まで転移してしまいました。結局、有用な抗癌剤は探れないまま、入院3ヶ月強で左足大腿部の切断手術を行いました。術後の生活の事も考え、足の付け根ではなく、膝上での切断を選択しました。しかし、退院、1ヶ月後の外来のCT検査で右肺への転移が見つかったのです。其の時は先生との打ち合わせで、とにかく、目眩めっぽう効く抗癌剤が見つかるまで治療を直に始めようと言うことになり、ベット待ちをしていたのですが、入院の前日に手に入れた、「わかさ」と言う雑誌で自家癌ワクチン療法というものを見つけ、先生には無理なお願いをして、抗癌剤治療の前に自由診療で自家癌ワクチン療法を先に行うことにしたのです。自家癌ワクチンの詳しい説明については、セルメデシンと言う会社のHPで確認してもらえればと思いますが、簡単に書くと、まず、手術の際に摘出したホルマルン固定の腫瘍細胞を特殊な加工をしてワクチン化するというものです。それを2週間置きに計5回皮内注射して体内のがん細胞と戦わせて免疫を活性化させるというものです。そのため、基本的には一度なんらかの形で手術をしたものにしか利用できないやり方ですが、自分の体のがん細胞の目印を明確にできるので、症例数はまだ少ないですが、高い効果があがっていると言われています。なかなか癌になってしまい入院してしまうと治療情報とか選択肢というのは患者本人には狭められてしまいますけれど治療自体も自己責任だと思うので、特にこの自家がんワクチンがどうのという話ではなく、納得のいくまで自分の病気と向き合う姿勢だけは持っていきましょう。

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2006年11月 2日 (木)

神棚設置。

本日、ようやく1階のリビングに、神棚が出来ました。
以前から近所のご主人にお願いしていたのだが、自営で内装業をやっていて、休みもないほど忙しかったのだが、久しぶりに体が空いたという事で、神棚の設置にと来てくれたのです。流石プロの仕事という感じで、下見の後、仕事道具とベニヤ板を持ち込んで、手際よく取り付けてくれました。帰りがけに、封筒に入れた手間賃を渡そうとしたら受け取ってもらえず、仕方なく買い置きしていたクッキーを持って帰ってもらいました。家の周りのご近所さん、特に家を含む4件は、やたら付き合いが良く、と言っても何時もこちらがお世話になりっぱなしなんですが、つい1年数ヶ月前に越してきたとは思えないほど、良くして貰っています。わりとお兄さん、お姉さん的な人達が多いので、嫌な顔一つせず色々と力になってくれます。人の縁とは、自分で引き寄せられる時と、受身で与えられる時とあるけれど、自分の人生の中では、何故かどちらのケースでも良い方達に恵まれていて、何時も周りの人達の助けを借りて生きているのだなーと、つくずく思いました。借りばっかりで、何も返してないのですが・・・・・・・・・。

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2006年11月 1日 (水)

自家癌ワクチン終了。

本日、自家癌ワクチン最後の注射が終わりました。
2日後、免疫反応をもう一度確認してもらいにいきます。注射の跡が赤く反応していれば良いらしいのだが、まあそれ自体は一つの目安で、直接の効果とはあまり関係ないとのことでした。効果自体はまだまだこれから時間をかけて現れてくると思います。その他、自家癌ワクチン後の治療法について打ち合わせをしました。ここ5日ぐらいは、いよいよ熱が38度に到達し、日に日に体力が削られていきそうなので、とにかく食事が出来そうなときに食べています。ナチュラル・ダイエットってところです。
体調も芳しくなく、色々思うように事が進まなくて、多分、人生の中で、今一番煮詰まってると思う。8ヶ月目に入る妻のことを考えても、良くやってくれていると頭が下がります。乗り越へ所なんだと思います。今を笑って過ごせるかどうかが、自分が少しでも強くなれるかどうかだと。実際には咳きや吐き気で、へらへら笑っているのも中々難しいのですが、ここからグワーと気持ちを前向きに持っていき、ファイティングポーズに戻します。いつまでも弱い自分に浸っているのも、そろそろ飽きたころですので。

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2006年10月29日 (日)

抜いちゃいました。

スパルタNsさんすいません。入院、先送りになっちゃいました。
実は、この前の木曜日に、外来で先生に診てもらった時に打ち合わせをして、まず入院しないで細い針で2~3回に分けて外来で抜いて見ましょう、と言うことなって、その日の夕方にリハビリ室で、緩和ケアの先生にチュウチュウと2リッターぐらいの肺水のうちの800ccを、吸い出してもらっちゃたからなのです。もしかするとこの方法で2~3回抜いている内に自然治癒する可能性があることと、病室が満室だったこと、入院方式だと、もっと太いチーブを2週間わき腹に刺しっぱなしで、シャワーも浴びれないことと、なにより木曜日の時点で右肺がもう満水状態で、寝て起きるだけでも溺れそうに苦しくなっていて、その証拠に、その日の夕方、久しぶりに元気に喋っている自分を妻が、別人でも見るように、よっぽど我慢してたのねと、感想を漏らしていたぐらいで、実際に5秒間話しただけで酸欠に陥っていたので、正直、何でもいいから早く吸っちゃて、と言う感じでした。只、針で抜くと言ってもやはり初めての経験で、肋骨と肋骨の間に針を刺して、そこに少し太めの注射器で吸い出して行くと言う、ケッコウ職人チックの手作業で、先生も心配させまいとしてか、ずーと話しかけてきてくれて、途中容器に溜まった真っ赤な(肺水と言っていたので、てっきり透明なものだと思い込んでいたのだが、実際は真っ赤でエグイ色をしてました)肺水を、わざわざ目の前で見せて下さって、今日はこれぐらいで止めときましょうと、丁寧に説明してもらいました。中々、一気に抜いてしまうと肺が傷ついてしまったり、呼吸に障害が出たりすることがあるのと、分割で抜いている内に、体が異変に気が付いて、自然治癒する事もあるので、まずそちら狙いで行きましょうと言う事になりました。又、外来の時に顔出しますんで大人しくしていなさい。
その後、体の状態ですが、肺水の方は、とは言ってももだ1リットルちょっと残っているのでまだ少し違和感は有るが、副作用の咳きが出る事以外は前のような苦しさからは、抜けれたようです。ただ、毎日夕方になると出ていた微熱が、今日はいよいよ、38度代に突入して流石に、ダルさ爆発といった感じです。又、サリドマイドの服用も、まだ1っヶ月も経ってないのに、いっちょまえに、副作用が現れてきていて、今日、朝目覚めると右の手に痺れが走っていて、夕方頃まで、抜けませんでした。睡眠薬としては昔の物で、あまり性能は良くなく、飲んでも眠くならないくせに、次の日は、やたら抜けずらい、と言うシロモノなのだが、元々血管の成長を妨害する性格が強い為に、最近のがん治療では、癌が、血管を伝わって増殖していく道を、断ち切るという成果も報告されており、チョットやって見ようかと思い始めたのだが、そんなに早く副作用なんか出なくてもいいのに、どうも体が敏感に出来ているらしく、しっかり成分を受け止めてくれたようです。まあ良く考えれば、体が反応していると言うことは、体に効いていると考えても罰は当たらないでしょう。熱が38度に上がったのも、いよいよ自家癌ワクチンが、本格的にがん細胞に戦いを挑んでいると言う事だろうから、今まさに自分の体の中で、様ような化学変化が起きているのでしょう。そろそろ癌細胞にもお引取り戴く時が来たと言う事でしょう。

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2006年10月23日 (月)

そもそもブログって?

スパルタNsさん、コメントありがとう。
それではお言葉に甘えて、近々入院させてもらいます。眺めのいいベットを空けて待っていて下さい。でも、何の目的も無く暇つぶしに来るのだけは止めてくださいね。
今朝はサリドマイドの影響で、妻に起こされるまで熟睡してました。やはり起きてからも薬が抜けきらず、少し頭がボーとしていました。昼ごろに気分転換で車を運転して、モスバーガー(テイクアウトで)に行き昼食をとり、その足でミニストップに寄りソフトクリームを食べて家にもどりました。その頃には薬も抜けて頭もスッキリしていました。今は、肺の痛みの為リハビリが行へず、入院してた頃ぐらいの運動不足に陥ってます。夕方には、神棚の設置をお願いしていた近所の旦那さんが、下見に訪れ、設置場所の目星をつけて帰っていきました。近々、仕事が早く終わったときに付けに来てくれるとのことです。夜は、妻の手作のクリームシチューとチーズケーキを頂き秋の夜長を堪能しました。って、チョット日記っぽく書いてみたけど、ブログってこんなんで良いんでしたっけ?

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